子どもの頃に鬼のお面を書いて、幼稚園や保育園、ご家庭で「鬼はー外、福はー内」と豆をまいた方も多いと思います。最近では「豆まき」よりも、「恵方巻き」を食べる日として、CMでもよく見かけます。
そもそも節分に恵方巻きを食べるようになったのは、いつからなのか。
今回は恵方巻きはいつから始まったかについてお送りいたします。
1. 節分ってなんの日?
節分とは、立春の前の日の事です。「春が立つ」と書き、暦の上ではそこから春になっていきます。意味としては「季節を分ける」という事で、立春・立夏・立秋・立冬の前日が「節分」になります。
春夏秋冬、それぞれに節分がありますが、行事ごとがあるのは立春前の節分だけだと思います。おそらく、旧暦では立春を新年の始まりとしていますので、重要視されてきたのかもしれません。
節分では、邪気を「鬼」に見立て、生命力を意味する豆をまいて払います。
季節の変わり目には氣が乱れやすい事、特に年越しにあたる立春の前日の夜は、陰から陽へと変わるため、この時に魔物が出現しやすいと考えられていました。
そのため、「魔を滅する」豆で邪気を払い、家族が健康無事に過ごせるように願ったというものです。
2. 恵方巻きとは
節分では邪気を鬼に見立て、豆をまく日、なぜ最近では、「恵方巻き」が大々的にPRされているのでしょうか。
まず、恵方巻きとは何か。巻き寿司をその年の恵方を向いて、無言でお願い事をしながら食べると、願いが叶うと言われています。
巻き寿司は、「福を巻き込む」事からきているため、切らずにそのままかぶりつくものです。
中身は、現在ではバリエーション豊かになっておりますが、元々はお新香を芯にして巻いていたもので、そこから「七福神」を表すようにと、7種類の具材を入れた「太巻き寿司」と、よく似たものが主流になってきています。
3. いつ、どこで始まった?
恵方巻きが始まったのはいつか、関東では、少なくとも私が子どもの頃は恵方巻き自体ありませんでした。
諸説ありますが、江戸時代末期から明治の初め頃に、大阪の中心地である船場が発祥で、商売繁盛、無病息災、家内円満をねがったのが始まりという説、そして大阪の花柳界で行われていた風習が一般に広まったという説。
その後、大阪を中心に「節分の日にその年の恵方を向いて、無言で一本の巻き寿司を丸かぶりすれば、その年は幸運に恵まれる」と言い伝えられ、遅くとも昭和7年頃には、大阪の一部の地域において、節分に恵方を向いて、巻き寿司を丸かぶりする風習が、行われるようになったそうです。
その頃は「恵方巻き」という名前ではありませんでした。
1970年以降から、「幸運巻ずし」としてさらにプロモーションが盛り上がり、マスコミが取り上げた事によって、全国の食品メーカーがそれに便乗し、全国に広まっていきました。
「恵方巻き」という名前は、セブンイレブンが発祥です。
大阪出身の加盟店オーナーが、大阪での風習をエリアマネージャーに話した事がきっかけらしいです。
4. まとめ
大阪で始まった「節分に、巻き寿司にかぶりつく」風習が、全国に広がったものが、現在の恵方巻きの発祥です。
名付け親はセブンイレブンだったんですね。
販促で売り出そうというところが、まるで「土用の丑の日」のウナギのようです。
現在では、多種多様な「恵方巻き」が出てきていますので、みなさんもその年の恵方をむいて、願い事を思い浮かべながら、無言で食べ切ってみてはいかがでしょうか。